第8巻(平成19年11月)

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サマリー

原著

裏表紙:亀岡文殊堂

所在地 山形県東置賜郡高畠町大字亀岡

第8巻(平成19年11月)

 亀岡文殊堂は、大同2年(807)に法相宗の徳一上人が東北地方布教のためこの地を訪れたとき、中国の五台山に似た風景をもつ山容に心をうたれ、宇堂を建立したのが文殊堂の始めといわれている。亀岡文殊は、京都の切戸文殊、奈良の安倍文殊と共に日本の三文殊の一つとして有名である。いまでも知恵の神様として合格祈願や大願成就にと多くの方が訪れている。
 天正19年(1951)に伊達氏の岩出山城転封にともない、米沢刈夏にあった資福寺が岩出山に移された。その時、この資福寺にあった永仁4年(1296)鋳造の鐘は、伊達政宗により亀岡文殊堂に寄進され鐘楼堂に奉納された。
 また、上杉景勝が会津から米沢へ移封となった翌年の慶長7年(1602)に、直江兼続主催の詠会が亀岡文殊堂において行われ、漢詩や和歌など100首を詠じ奉納した。この詠会の出席者のなかに戦国時代「傾奇者」として有名な「前田慶次」の名前も残っている。

※裏表紙の文献は、米沢市や置賜地区の観光案内ホームページより抜粋したものです。

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